第3回「ウェブ作りをデザイナーの手から、人民の手へ」
■作り手のユーザビリティを追求する
「もしかしたらウェブ業界は、一部の人の圧力に屈してきたんじゃないだろうか。そんな問題意識は常に頭にありましたね」
世の中には、ムーバブルタイプやワードプレスなど、いわゆるCMSがいくつもある。もちろん、これでも十分に使いやすいとは言えるのだろう。ただし、ある程度の知識がある人にとっては、という限定条件が付く。
「確かにCMSを使いやすいと評価する人たちはいます。しかし、万人向けかというと、決してそんなことはない。一方ではウェブの世界はどんどん進化していて、いよいよリアルタイムウェブの世界に突入だ、なんていわれ始めている。そんな状況になっているのに、作る過程に時間がかかることほどナンセンスなことってないでしょう」
ウェブのように時代の先端を走っている業界でも、成功のジレンマは起こるのだ。過去の成功にこだわり、それに固執すると、さらなる革新に踏み出す勇気を失う。
「次の一歩を踏み出すための一石を投じるのが、我々の役目ではないかと考えたのです。ホームページを作る過程は極端に簡単にして、ユーザーには、何を、どう表現したいのかに集中してもらう。そうすれば、優れたコンテンツが、どんどんネット上に公開されますよね」
自分で、自分の思うままのホームページを、簡単に、時間をかけずに公開できること。これこそがJimdoのコンセプトである。
「それがPages to the Peopleの意味です。インターネットは、People以外の誰かのものであってはいけない。だから作り手にとってのユーザビリティに徹底的にこだわっています。裏側では、ものすごく高度なプログラムが動いている。
でもユーザーには、極めてイージーゴーイングでなくちゃ」
画期的なサービスそのものが拒絶されるとは、高畑氏をはじめKDDIウェブコミュニケーションズでは誰一人として思わなかった。とはいえ、ビジネスとして採算性を考えたときの不安は消えない。
「本当に有料化できるんだろうかという議論は、しょっちゅうしていましたね。なにしろ無料版でもかなりのことができてしまいますから。しかし、最終的には、こんなすばらしいものを世の中に出さないのは罪なんだと、それぐらいの思いで社内が一致しました」
ベストセラーとなった『FREE』に、日本で火がつく前の話である。フリーミアムと言った言葉も、まだ世の中に広まっていなかった。だからビジネスとしてはスモールスタートに徹し、Jimdoは立ち上がった。2009年3月のことである。
■バイラルマーケティングを起動せよ
「どうやれば、バイラルマーケティングを実践できるのか。Jimdoのマーケティングは、我々にとって大きなチャレンジでした」
まだ海のものとも山のものともつかぬJimdoのプロモーションに、コストをかけることはできない。つまり広告を打つことは論外、費用をかけたSEO対策も難しい。残った選択肢がバイラルマーケティングだったというわけだ。
「意識の中には、検索エンジンに縛られたくないというのもありました。極端な話、いわゆるネットショップはすべて、グーグルの上で争っているわけじゃないですか。いかに上位表示されるかが重要で、そのためにSEO対策を徹底する。でも、膨大なお金と時間の両方をかけなければならない。それでは弱者は弱者のまま取り残されてしまう。それってどうなんだろうと思いませんか」
時代が高畑氏に味方した面もある。ソーシャルメディアの勃興だ。先行していたmixiやGREEに加えて、昨年ぐらいから日本で急激に伸びたのがツイッターである。
「検索エンジンに頼らず、どれだけ口コミを拡げることができるか。商品力には絶大の自信があるのだから、ソーシャルメディアでいかに火をつけるかが勝負と考えていました」
高畑氏たちがツイッターに本格的に取り組み始めたのが、2009年6月ぐらいから。しばらく潜伏期間があり、10月頃からJimdoの普及スピードが、日本でも一気に加速し始める。
最終回 「JimdoをウェブサイトのOSに」
■ツイッターにもすがる思い
「実はサービスをスタートした直後、たった5日間で登録ユーザー数が1万人を超えたんです。すごいことになると喜んだのもつかの間、6日目からは急転直下、撃沈でしたね」
プレス発表をし、記事に取り上げてもらって、一気にユーザーが伸びて、ガクッと落ちる。従来のやり方にあっさりと見切りをつけた高畑氏は、わらにもすがる思いでツイッターに取り組み始めた。そして、実に意外な発見をする。
「たとえばプレスリリースの打ち方です。これまでならプレスは、メディア各社に対して一斉に打つものと、誰もが考えていたはず。リリースを出した次の日に、どれだけ多くのメディアが取り上げてくれるかが勝負だと。ところがソーシャルメディアを使うためには、こうした同時一斉方式ではダメなんです」
なぜ、ダメなのか。逆に突っ込むなら、では、どうすればいいのか。この答えに絡んでくるのが、ツイッターの興味深いところだ。
「自分たちでいろいろツイートしてみてわかったのが、まずリツイートされやすい人が世の中には確実に存在すること。そんな人たちを吟味して、彼らに向けた発表会をやります。するとその人が記事を書き、やがてリツイートされていく。少し時間を空けて、別の記者に書いてもらう。すると、またリツイートされて広がっていく」
この結果、ツイッターのタイムライン上にはいつも、Jimdoに関するツイートが流れるようになる。記事を読んだ人のツイートが第三者に伝わり、そこから第四者へと広がっていくうねりが起こる。
「これがツイッターの使い方なんだ、これからの時代のバイラルマーケティングなんだって確信しました。実際、去年の10月ぐらいからは、1日ベースでの登録ユーザー数が、以前の2.5倍ぐらいのペースで増え続けています。しかも、Jimdoの場合は無料ユーザーと有料ユーザーの比率が、一般のフリーミアムモデルとは違うのです」
通常なら有料ユーザーは、無料ユーザーの1%未満が定説だ。ところがJimdoでは、1%を遙かに超える比率となっている。
「ドイツにいる創業者たちもびっくりですよ。そして初めて来日した彼らは、さらに驚きの体験を日本ですることになります」
来日時の衝撃的な体験は、Jimdo本体のマーケティングにも影響を及ぼしたのだ。
■フリーのお客様こそ最高の宝
「なんで、みんな、こんなに笑顔なんだって。しかも若い女性がいれば、片方には見事な白髪のおじいちゃんまでいる。オンラインマーケティングに偏りがちな彼らにとっては、お客さんの生の笑顔は、よほど印象的だったようです」
高畑氏は創業者を日本に招き、京都と東京でユーザーミーティングを開催した。呼ばれたのは、エヴァンジェリストと名付けられた、ユーザーの中でも熱く Jimdoを愛する人たちを中心としたヘビーユーザーばかり。彼らにとっては、創業者と会い、じかに話をできることは、今後Jimdoを伝導していくための最高のモチベーションアップとなる。
「創業者たちは、イベントは絶対にドイツでもやろう、いや、他の国もでやらなければならないとつぶやきながら帰っていきました。有料ユーザー比率が1%を大きく超えてくれたおかげで、すでに黒字転換を果たしています。悩み抜いた末のプライシングも、受け入れられたようでホッとしています」
Jimdoがデファクトを取ったとき、世界のウェブサイトはどう変わるのだろうか。誰もがもっと自由で手軽に、自分のホームページを持ち、思い通りのコンテンツを発信できる。そんなWeb3.0の世界は、もう目の前まで迫って来ている。
それでも高畑氏たちは、Jimdoの日本での展開をためらうことはなかった。その背景にあるのは、ホームページとは、あるいはインターネットとは、もっと自由なものであるべきだというビジョンである。固く、熱いビジョンに支えられた企業ほど強いものはない。そしてビジョンの熱さは、まわりの人の共感を引き起こし、共感する人を巻き込んで必ずムーブメントを起こす。
実際、Jimdoエヴァンジェリストの多くが、ウェブデザイナーだという。彼らこそが、まずJimdoのすばらしさを身を以て理解した。そして、ここからが重要なポイントだが、彼らはJimdoの魅力を一人でも多くの人に、自ら啓蒙する道を選んだ。
少し大げさに表現するなら、それが『真善美』につながる道だと信じたからだろう。インターネットは世界を変えると言われ、実際に、少しずつではあるが、確かに世界を変えてきた。これから先、JimdoがウェブサイトOSとしてデファクトを取り、もっと多くの人が、インターネットで自らを表現するようになるとき、さらに世界は良きものとなるはず。そんな予感をJimdoは与えてくれる。