消費税
http://ja.wikipedia.org/wiki/消費税
2010年7月20日 AERA
唐突な消費税増税は、実は周到に計算されたシナリオがあった。
だが功を焦った菅は、自らそれをぶちこわした。
菅直人は、カナダで開かれたG7から帰国した2月、すっかり人が変わった。
「キミらどうするんだ。こんな生ぬるいことをやっていて大丈夫なのか」
菅の叱責の矛先は、当時鳩山由紀夫首相の腹心である官邸高官たちに向かった。その一人は、内閣府副大臣だった古川元久が「たいへんだ。菅さんが……」と血相を変えていたのを覚えている。菅が「消費税を上げろ」と言い出したのである。
突然辞任した藤井裕久の後を継いで、菅が副総理を兼ねたまま財務相に就任して、まだ1カ月しかたっていない。彼にとって、このときが国際会議デビューだったG7では、財政破綻したギリシャについて話し合われた。
そもそも菅は増税に冷ややかなはずだった。財務相就任直後の1月の衆院予算委員会で「(消費税は)逆立ちしても鼻血も出ないほど無駄をなくしたと言える」まで上げないと明言した。
だが、カナダから帰国すると、まるで別人だった。
*普天間隠しの消費税!
「普天間でこうなっているときこそ、消費税増税という力強いメッセージを出そうよ」
首相官邸にいた高官の一人は、菅がそう意気込んで持ちかけてきたのを覚えている。
そのころ、米軍普天間基地問題が迷走していた。菅の消費税増税案は、参院選を控えるのに支持率が急落する民主党政権を、再び浮揚させる狙いがあった。
関係者によると、菅はこのとき2010年度の国債発行額約44兆円を消費税で賄う考えでいた。おおざっぱな計算だが、消費税率1%で2兆円余の税収になるため、単純に約44兆円をそれで割ると、22%になる。つまり現行から「17%増の22%にしよう」と言い出したのである。
菅が依拠した論理は、世代間格差の是正だった。増税を先延ばしにし、歳入を新規国債の発行に依存すれば、それだけ今の子どもたちの世代に負担がかかる。現役世代が安逸な生活を維持する半面、子や孫の世代に負債を押しつけてきたこれまでのやり方は、世代間の格差を広げるだけ、と考えた。
菅は鳩山にも増税を進言したが、鳩山は昨年9月の民主、社民、国民新3党の連立合意で、任期中は消費税を上げない、と明記した当事者である。当然「次の選挙で国民の信を問うてからでないとできない」との原則論を譲らない。鳩山の側近も「上げる前に行財政改革などやるべきことをやらないと」と、先走る菅を諌めている。結局、鳩山が「参院選後に協議を始めるのはいいよ」と折れ、民主党のマニフェストの文言は、その線でまとめられることになった。
*高支持率背に今が好機!
だが、鳩山が退陣すると、菅はいきなり乾坤一擲の大勝負に挑んだ。
菅は6月17日の民主党マニフェスト発表会で、「私の言葉でかみ砕いてお話ししたい」と切り出し、「当面の税率は自民党が提案している10%を参考にさせていただきたい」と、長年タブーだった消費税率の引き上げに言及したのである。
会場で配られたマニフェストには、鳩山が容認した「消費税を含む税制の抜本改革に関する協議を超党派で開始します」としか触れられていない。それを敢えて「私の言葉」で補った。
菅政権が発足して、まだ9日しかたっていなかった。世論調査では内閣支持率が60%に達し、鮮やかなV字回復を遂げた。党内不和の原因だった小沢一郎は幹事長を辞めた。参院選公示は1週間後に迫っている。菅はそこを狙って勝負をかけた。
だが、なぜ10%なのか、その根拠を示せなかった。
「もともと22%と言っていたのに10%というのは、総理の本音から言っても中途半端」
そう鳩山側近は振り返る。最大野党の自民党が10%と打ち出した以上、それを「丸呑み」すれば自民党からの批判をかわせるだろう。その程度の読みらしい。実際、後に菅が世論から反発を受けると、慌てて財務省に「10%に引き上げる根拠を示してほしい」とすがりついたという。
*このままではギリシャ!
財務省は、少なくとも「10%発言」以前は、増税を唱える菅と利害が一致していた。財務省が官邸や民主党に持ち込む資料はギリシャ問題であふれ、「このままでは日本はギリシャになる」と脅していた。菅の増税路線と軌を一にして、財務省は水面下で着々と増税の下地づくりを始めている。
その一つが、「給付つき税額控除」という仕組みである。消費税率を上げると、所得の少ない家庭ほど税負担は重くなる。これを税の逆進性という。この逆進性対策に有効な方策が、低所得者層への税の還付、すなわち給付つき税額控除だ。カナダでは、低所得者の食料品購入などにかかった消費税部分を所得税で還付し、おおむね所得300万円以下の家庭で1人あたり2万円の還付額になる。
中央大法科大学院の森信茂樹教授が民主党の要路に、そんなカナダの事例を進言してきた。元財務官僚の森信は、1997年に消費税率を現行の5%に引き上げた際の担当課長で、税制のエキスパートだ。菅は参院選中の6月30日、山形市でおこなった演説で「年収300万、400万以下の人にはかかる税金分だけ全部還付するという方式にします」と言ったが、それは森信の勧めたカナダの事例を参考にしたと思われる。300万は、森信の手持ち資料のグラフに書かれている。
給付つき税額控除は、欧米や韓国ですら導入済みの、いわば国際標準になった政策だが、日本で採用するには、不正受給がないよう所得の正確な捕捉が前提になる。そのためには、「納税者番号制」の導入が必要だ。
昨年12月の政府税制改正大綱は、納税者番号制と給付つき税額控除の検討が盛り込まれている。消費税の増税こそ明言されていないが、増税時の逆進性対策という理屈で給付つき税額控除を採用し、その前段に納税者番号制を取り入れる。そんな政策パッケージの雛型が、このときからあった。
*着々進んでいた増税策!
本格的に動き出すのは、菅がカナダから帰った2月からである。国家戦略室は税制改正大綱を受け、「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会」を発足させた。
検討会が6月29日に発表した中間とりまとめでは、納税者番号制のために、数千億円をかけてコンピューターシステムを構築する、とある。関係者の間では、システムが稼働する3年後の2013年が消費税増税の時期と考えられた。しかし、増税の際に経済状況が弱ければ、失速する。
そこで、経済状況の好転策としてまとめられたのが、6月18日に閣議決定した「新成長戦略」だった。これをもとに、納税者番号のシステムが稼働するまでにデフレから脱却し、そのときに消費税を引き上げるシナリオが想定された。
その間の財政破綻をくい止めるため、6月22日には「財政運営戦略」をまとめ、11年度の新規国債発行額は10年度の約44兆円を上回らないことにした。「納税者番号」「新成長戦略」、そして「財政運営戦略」。立て続けにまとめられたこれら重要政策は、それぞれ別々に見えたが、実は消費税増税の下地づくりという点で共通していた。
財務省が司令塔役になって、慎重に下地づくりをする一方、民主党はマニフェストで消費税の協議を超党派で開始すると明記する。ガラス細工のような増税シナリオは、これで完成した。
ところが、菅は「その程度では生ぬるい」と思ったようだ。年間約17兆円もかかっている医療、介護、年金の費用は今後累増する一方だ。
財務省幹部たちも菅の突然の10%発言には驚いたという。かつて斎藤次郎元大蔵事務次官らが振り付けて、細川護熙元首相が唐突に国民福祉税をぶち上げたが、その拙劣な手法が反発を浴び、大蔵省は同税導入に失敗した歴史がある。それだけに財務省は「慎重に扱わないと潰れる」という経験知を有していた。
消費税増税はいずれ避けられないという国民が増えているなかで「選挙前に苦い話をよくぞいった」と評価する議員もいる。だが、菅にはそれほどの周到さはない。選挙戦で突かれると、発言は次第に後退した。後に「もう少しいろんなことを考えて発言すれば良かった」(岡田克也外相)と批判されたように、菅の乾坤一擲の勝負は惨敗だった。
普天間の失敗を覆い隠す力強いメッセージのはずの菅の消費税増税構想は、普天間と同じ迷走の道筋をたどる。しかも、消費税増税に早く着手しなければ、という菅の思惑とは逆に、参院選惨敗で消費税増税は一層遠のいた。
(文中敬称略)編集部 大鹿靖明)
(wikipedia参照)