電子工作と電子おもちゃのサイト
秋月電子通商
【第97回】 2010年8月11日 週刊ダイヤモンド編集部
「生産活動を行う消費者」たち 電子工作ブームが意味する未来
今、電子工作がブームとなっていることをご存知だろうか。かつての電子工作と違うのは、インターネットの技術と情報、そして理念が盛り込まれていること。じつはこれは大きな意味を持つ。「生産者」となった個人は、大手メーカー中心のものづくりを脅かす存在になるかもしれない。そんな当世の電子工作ブームを読み解いて いこう。(「週刊ダイヤモンド」副編集長 深澤 献)
私、結構寝坊をするんですけど、目覚まし時計をインターネットにつなぐとおもしろいかも、と思って作ったのがこれです」
岩淵さんの作る作品に共通しているのは、ウェブとメカの融合。「これからはウェブとハードができる技術者が強い」というのが持論 http://koress.jp/
Photo by Toshiaki Usami そう言って岩渕志学さんは、「ソーシャル目覚し時計」を掲げてみせた。パッと見はなんの変哲もないが、裏側を見るとディスプレイとLANポートが付いている。
「パソコン(PC)を介さず単体でネットに接続でき、ネットからアラームの時刻を設定できるんです」
しかも、ソーシャルネットワーキングサービス「mixi」上で動作するmixiアプリとしても機能する。マイミク(相互に友人関係を登録した相手)の人が自由にアラーム設定できる趣向だ。アラーム設定時間にはディスプレイに設定者のIDが表示され、止めた時間もmixiに記録される。こうして、起床時間と起こした 人の履歴が残るというわけだ。
岩渕さんの本業は、大手ウェブ企業のエンジニア。2007年2月に、同じウェブ関連のエンジニア3人でウェブの新サービスを開発するサークルを立ち上げたが、「本業だけに閉じていたら、大事なものを見落とす可能性がある」と気づき、2年前からハードウエアの製作に取り組み始めた。
最初に作ったのは「2ちゃんねる赤色灯」。ある話題で発言数が急増し、いわゆる“祭り”が起こると、赤色灯が大回転して教えてくれるもの。赤色灯にLANポートが付いておりネットに直結、2ちゃんねるを24時間巡回するようプログラムされている。
「モノが実際に動いたときの感動の大きさは、ウェブとはレベルが違った」と岩渕さんは振り返る。
最新作は「秋月ドランク」。機械に息を吹きかけると、血中アルコール濃度を検出し、ツイッターに「へべれけなう」などと自動で投稿するマシンだ。アルコールセンサの実験のために酒を飲んでいるうち、酔っ払ってはんだごてを持つ手が怪しくなったという苦心の作である。
年前までは電子工作の知識はゼロだった。情報源はもっぱらネット。他人の回路を読みまくった。「たとえば『○○・自作』と作りたいものを検索すれば、必要な情報はほぼ得られる。真空式モノクロテレビを自作している人までいて驚いた」と岩渕さん。
岩渕さん自身も、ウェブサイトで製作物を紹介するのはもちろん、電子工作愛好家のメーリングリストを運営したり、電子工作のイベントがあれば積極的に出かけ、これまでの成果を発表している。
インターネットが担う
共有コミュニケーション
常に愛好家たちでにぎわう、秋葉原の電子部品専門店「秋月電子通商」http://akizukidenshi.com/ Photo by TU 秋葉原にある電子部品専門店の秋月電子通商は、電子工作愛好家のあいだでは“聖地”と呼ばれる有名店。電子機器の組み立てキットや、各種電子部品、回路図集などを求める人びとで、常に溢れ返っている。また、巷では電子工作を披露し合うイベントや、初心者からの電子工作教室なども頻繁に開かれ、活況を呈している 。今、明らかに電子工作がブームだ。
そう聞けば「自分もかつては鉱石ラジオや真空管アンプといったアナログ回路の製作に精を出した」と懐かしがる読者諸兄もいるだろう。そして、最近の主流はコンピュータを活用したメカトロニクスであり、ネットを絡めたガジェットの作製なのかと理解するかもしれない。
確かに、過去の電子工作ブームとの大きな違いはネットの存在だ。だが、必ずしも工作物がネットにつながっているというわけではない。製作過程ではネット上の情報収集は不可欠だし、製作物はネット上に公開して、感想を求めたり、場合によっては他者がよりよく作り替えたりすることもある。
ネット時代は集合知の時代といわれるが、成果物を大勢で寄ってたかってよりよいものに高めていくという動きは、いかにも当世の電子工作ブームの特徴といえる。
たとえば、ネットの動画共有サイト「ニコニコ動画」にニコニコ技術部というカテゴリーがある。何かを「作ってみた」「やってみた」といった動画に付与されるタグだ。ここでは、ハードウエア、ソフトウエアを問わず、作品を発表し、お互いにコメントし合っている。それが、次の製作へのモチベーションにつながっていく様 子が見て取れる。
こうした「共有コミュニケーション文化」こそが、今の電子工作ブームの最大の特徴といってよい。
05年に米国で創刊され、06年8月に日本語版が登場した「Make:」(オライリー・ジャパン刊。6ページのキーワード参照)という雑誌も、今の電子工作ブームを象徴する存在だ。
担当編集者の田村英男さんは「当初は“一風変わった工作雑誌”というとらえられ方だったが、07年頃からニコニコ動画やユーチューブで製作物を公開するような動きが始まり、さらにArduino(6ページのキーワード参照)の登場で流れが変わった」と語る。
Arduinoというのはイタリア生まれの8ビットマイコン。ボードと開発環境がセットになっており、PCでプログラミングを行える。設計情報が無料で公開されているオープンソースハードウエアなのでボードを自作することも可能だが、数多くの既製品が販売されている。最も標準的なモデルで3200円程度。これにより、 できることのレベルがぐんと上がった。さらにArduino上で使用するXBeeという無線モジュールや、温度センサなどの部品も数多くラインナップされたことで、電子工作人口の増加にも貢献した。
Wiiリモコンで、壁を駆け上がる自作ロボットを操作する勝さん
http://jksoft.my.coocan.jp/ Photo by TU 「じぇーけーそふと」というハンドルネームで電子工作を発表している勝純一さん。本業は組み込みプログラマーだが、趣味で電子工作を楽しんでいる。最新作は、壁ライントレーサー「うおーるぼっと」。既存のロボットキットに磁石を取り付け、スチール製の壁を走れるようにし、さらにArduinoとXBeeの組み合わ せで、無線操作できるようにした。それも任天堂のWiiリモコンで操作できるよう、自らプログラムを組んだ。
現在、日本で流通するArduinoの8〜9割方はスイッチサイエンスという販売代理店で売られている。2年前、スイッチサイエンス代表の金本茂さんが、自分で使うためにイタリアから個人で仕入れたのが最初。おもしろいのでほかの人にも分けてあげようと、まとまった量を買っているうち、販売代理店の誘いがあった。「 それでも当初は週3〜4件の注文だったのが、今は1000個仕入れて2ヵ月持つか持たないか」と金本さんもその人気に驚きを隠さない。
欲しいものは自分たちで作る
前出の「Make:」が掲げるコンセプトは、「Do It With Others」。欲しいものは自分たちで作るというものだ。
まさにその精神を体現するのが、ウェブのプロデュース、システム構築などを行う技術ベンチャーのチームラボ。同社には、社員旅行先で「卵を2メートルの高さから落としても割れない仕組みを作れ」といったお題に、チーム対抗で挑んだりするのを恒例行事とするような、ものづくりを楽しむ文化がそもそもある。
たとえば、入社2年目の山本遼さんは、「らぼかへ」と名づけられた社内カフェ(社員の1人が勝手にコーヒーメーカーを置いて、1杯60円で販売)の残量を、全社員にリアルタイムで知らせるシステムを自作した。ウェブカメラで残量を計測し、ネットのブラウザのステータスバーに表示するというものだ。「PCの画面に向 かったまま、ちょっと視線をズラすだけで自然に見られる」と山本さんは説明する。
このシステムを作ったところ、「トイレの空き状況もネットでわかるといいんだけど」という要望がメールで寄せられた。というのも、男性社員の数に比べトイレの個室の数が少なく、わざわざ足を運んでも空いていないということが多いからだ。そこで作製したのが、トイレ個室センサ「ヘブンズドア」だ。仕組みは至ってシン プル。個室のドアに無線マウスがくっついており、ドアを閉めるとクリックされる。その信号がトイレの外に置いてあるPCに届く。空き状況は、らぼかへと同様、ブラウザに表示される。
さらに、「殺伐としたトイレに癒やしを加えるため」(山本さん)にトイレ癒やしガジェット「アクトトイレ」を作製。トイレットペーパーを引っ張ると、その動きに合わせて画面上のネズミが地球を回るアニメが動くというもの。ペーパーの回転は、これまたマウスを応用し、赤外線センサで感知する仕組みとした。難点は、楽 しくてついついペーパーをたくさん使ってしまうこと。そこで、回し過ぎるとネズミが疲れて死んでしまうオチにしたという。
一方、チームラボの創業メンバーで取締役CTO(最高技術責任者)を務める青木俊介さんは07年、チームラボとは別にユカイ工学という会社を立ち上げた。
ホンダの二足歩行ロボットASIMOがニューヨークの地下鉄の階段を上ってくるCMを見て、涙が出るくらい感動し、そして焦ったという青木さんがこだわるのは、ロボット開発。ただし、必ずしも人の役に立つロボットではなく、「自分たちがユカイと思うものを作り出していきたい」と語る。
これまでにはカッパ型ロボット「カッパノイド」、鳥取県の水木しげる記念館の「目玉おやじロボット」を用いたデジタル妖怪探しゲームなどを開発。現在は、若い女の子がPCのそばに置いて楽しむ「ココナッチ」という小型ロボットを鋭意作製中だ。
青木さんは開成高校から東京大学工学部を卒業したいわばエリート技術者だが、大手メーカーに入るという発想はまったくなかったという。「自分でやったほうがおもしろいし、ワクワク度が違う。ネットによる物流革命で、今は個人で買える部品の範囲が広がっているし、サンプルを小ロットで製造するのも簡単にできる。大組織 のメリットは限りなく、なくなってきている」と青木さんは言う。
もっとも現状は、収益は上がっていない。チームラボでアルバイトをしていたところ、同社に誘われた鷺坂隆志さんは現在、東大の大学院博士課程2年目。その他のコアメンバー2人も学生だ。「彼らが学生でいるあいだに、なんとか会社を軌道に乗せたい」と青木さんは意気込んでいる。
最終型はパーソナル・ファブリケーション
電子工作の事業化を目指す事例としては、茨城県つくば市にユニークな取り組みがある。
「FPGAカフェ」の開店準備に追われる相部さん
左の基盤が右の4つのモジュールになる http://www.susutawari.org/ 相部範之さんは、筑波大学大学院で「パーソナライズド・ガジェットの開発・販売支援の事業化に関する研究」というテーマで研究活動を行っている。
相部さんは、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)から認定された「天才プログラマー/スーパークリエータ」(前出の青木さんや後出の小林茂さんも認定)の1人で、FPGA(Field Programmable Gate Array)というLSIを用いた事業計画を練っている。
FPGAは、回路をはんだづけしていく通常のLSIと違い、PCで回路をプログラムできるチップである。家電メーカーでも試作段階ではFPGAを使いつつ、商品化の際には専用LSIにして大量生産するのが普通だ。最終製品に使用されることはまずない。しかし、個人が自分だけのガジェットを作ろうとする場合には、F PGAは使い勝手がよい。
相部さんは、FPGAの設計情報をライブラリーとして公開し、個人でさまざまなLSIを作れる時代を目指している。そして、独自に取り組んでいるのが、通常は1枚の基板に集積する回路を、機能別に分割し、5センチメートル角にモジュール化するという研究。モジュールはブロックのように積み重ねられ、必要な機能だけを 組み合わせて使えるというものだ。
この研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の09年度の「若手研究者ベンチャー創出推進事業」に採択されており、3年間で約3000万円の研究費が与えられている。「プロジェクトが終了する2年後までに50種類のモジュールを開発し、起業したい」と相部さんは目論む。
5月末には、つくば市内で日曜日だけ開くカフェをオープン予定。知り合いから超格安で借りた店舗には、JSTの研究費で購入したデジタル回路の動作確認を行うロジックアナライザや、チップマウンタやプロッターなど高度な工作機器が揃っている。
「カフェと並行して、物販をやります。秋葉原でしか買えないような部品をつくばの研究所や大学をターゲットに販売したり、自分が開発した商品も売りたい。そして最終的には、LSIモジュールを使って、お客さんがコーヒーを飲んでいるあいだに、個々のリクエストに応じたハードウエアを組み立て、動く状態で持って帰って もらうような店を考えています」
それこそが、相部さんの思い描く“パーソナライズド・ガジェット”のイメージなのだ。
「いまや、商品づくりのベースのアイディアに、大企業も個人も差はない」と語るのは、フリーランスのデザイナーである北村穣さん。
http://www.rudesign.jp/form/
個人のアイディアが大手メーカーを経由せずとも製品になる──。たとえば、北村さんがデザインしたiPhoneやiPad用のスタンドは、自らレーザーカッターで切り出し、すでに最終製品のかたちになっている。そして、PCで作製した展開図を、別の者がダウンロードして、自分のレーザーカッターで“出力”すれば、同じものをど こでも、いくらでも作れる。まさしく「パーソナル・ファブリケーション」だ。
なにしろレーザーカッターや3Dプリンタといった出力マシンの価格は下落の一途。いずれ街中に出力ショップが生まれ、それどころか家庭にまで普及するかもしれない。インクジェットプリンタが家庭に普及し、年賀状や写真を家で印刷する時代になったように、である。
「いずれ、デザインやプロダクトも、データで買える時代になる」と北村さんは言う。
アルビン・トフラーは1980年に発表した著書『第三の波』のなかで「生産活動を行う消費者」、すなわち「プロシューマー」という概念を提示した。情報を容易に共有化でき、生産コストが格段に下がったことで、真のプロシューマーが活躍する舞台は完全に出来上がった。
昨今の電子工作ブームは、その序章ともいえる。