産声上げた日本版TFA、教育・就活問題解決に大きな1歩!
2010.10.07(Thu)JBプレス 福原正大
大学は、いつから学びの場所ではなく、就職予備校になったのだろうか?
就活時期は早期化の傾向をますます強めている。文系大学生では、3年生の夏ごろから就職活動をスタートさせ、最低でも半年から1年程度行うのが通常である。近年では理工系の学生の就職活動の期間も早期化しているという。
CSR重視の企業ほど学生の青田買いに熱心!
悪いのは学生ではなく、企業と大学である。企業側の論理としては、早期に優秀な人材を取り込み、企業利益の最大化を図りたい意識が強い。
そして、競争意識が働くので、競合他社が学生取り込みに走れば、自らも先んじて行う。負の連鎖である。
こうしたことを行っている企業に限って、CSR(企業の社会責任)を重視していますと喧伝したがるお寒い状況がある。
一方、こうした状況を放置している大学側にも責任がある。大学全入時代である今、大学側は研究や教育内容の充実というよりは、どういった就職先があるか、企業内定率の高さを競っている。こうした大学は就職予備校と名を変えるべきであろう。
さすがに一部企業や大学もこうした状況に危機感を持ち、就職活動を4年生の夏からにということを言い始めた。当たり前である。
大学生の教師を派遣、教育格差是正を!
ただ、過去にも就職活動が早期化した際、協定を結び早期化を止めたものの、また協定破りが起こり同じことを繰り返した過去がある。
大学は学生のモラトリアムの場所で、企業はそれを前提に自らの利益最大化のために優秀な学生の囲い込みを行う構図自体には変化がないのである。
もっと抜本的に新しい取り組みを図る必要がある。例えば、大学生を教師として学校に派遣し、社会問題となっている教育格差を是正させ、同時に大学生自らの成長を図らせるのである。
企業は、そうした取り組みを金銭面などからサポートし、優秀でかつ社会貢献もできる人材を採用する。実は、こうした流れの延長上にある非営利団体が存在する。
「Teach for America(TFA)」はその1つ。1990年にプリンストン大学の学生であったウェンディ・コップが、全米の大学卒業生を2年間劣悪な環境にある各地の公立学校に教師として送り込むために立ち上げた非営利団体だ。
日本で産声上げたLFAとは!
これまでに2万人を超える学生を派遣し、全米大学生の理想の就職先上位に位置している。そして、この日本版が、この夏、産声を上げた。その名は、「Learning for All(LFA)」である。
LFAを設立したのは松田悠介氏。高校の体育教師、千葉県市川市教育委員会を経て、ハーバード教育大学院で修士を取得後、外資系コンサルティングファーム勤務といった異色の経歴を持った人材である。
大学院在学中にTFAを知り、研究を重ね、同モデルの日本での展開に向けて奮闘している。
日本の教育システムもあり、当初から米国同様のモデルは難しい。そこで、最初の夏は、短期的に教育格差の影響を受けている中学生の子供たちに対して、大学生が勉強のサポートを行う。
そして、大学生に対しては、世界の変化に合わせた最新の教育法を伝授する。
早朝から大学生が教育方針巡って大議論!
LFAのこの夏のある1日を追ってみよう。東京大学や慶應義塾大学を中心とした20人の大学生たちが、朝8時前くらいから集まり、前の日に行った中学校の生徒たちへの教育方法と効果について議論をしている。
「より分かりやすく教える方法はなかったのか。効果はどうか」真剣な討議である。朝9時から3時間は、大学生が指導能力を高めるために、大学生自らが学ぶ時間に充てている。社会の第一線で活躍している教育陣から、世界を視野に入れた実践的な講義を受ける。
中学生の学力を高めるために、自らも成長することを目指しているのである。昼食時も指導方法について大学生と松田氏を含めた指導者が議論を重ね、時間はあっという間に過ぎる。
午後になると、大学生たちは学んだ指導方法を最大限実践しようと熱い思いを抱いているところに、続々と中学生たちが集まってくる。
松田氏によれば、夏休み期間中に25人の中学生たちの成績は平均で1~2割程度伸び、大学生自体も大きく成長したという。確かに、「教える」ことは最大の「学び」につながる。
自分が教えることで、学びのスピードが格段に向上!
筆者は、この大学生に対して米国のケーススタディーを利用し、「クリティカルシンキング」を教授し、子供にバイアスのない教育を行う重要性を説いた経験がある。
その際、大学生の優秀さと、新しい知識をスポンジのように吸収しそれを子供の教育で実践しようとした力に驚いた記憶が新しい。
一方で、こうした授業が日本を代表する大学で行われていないことにショックを受けたのも事実であるが。
また、この取り組みの素晴らしいことは、日本でも増え始めている「教育格差」の是正にもつながるということである。松田氏は次のように話す。
「日本では米国のような格差はないと信じられていますが、実は東京だけ見ても、場所によっては国から支援を受けないと公立学校に通えない就学援助世帯が50%近くに上ります」
「こういった地域では、学校現場が荒れているにもかかわらず、ほかの地域と同じ教育リソースが投入され、現場の先生方も疲弊してしまっている」
「学習意欲がないまま育った子供たちは、進学意識・就労意識も低く、結果として自分の親たちと同じような低所得世帯になる、という負の連鎖が起こっています」
「こういった現状に対して我々は、教育に情熱のある卒業生を特に教育困難地区の学校現場に送り込むことで子どもたちの学習意欲を引き出し、貧困の連鎖を断ち切りたいと思っています」
こうした学生たちの試みに企業もぜひ支援を!
大学生も自ら成長し、社会的問題になりつつある「教育格差」対策にもなる。また、現場の教師にしてみても、若い活力ある人材が2年間教育の現場に出ることは刺激になるはずである。
これまで教職課程を取らず企業に就職していた学生が、教育の場に一時的にでも入り、その経験を元に一部がそのまま教育界に残ることになれば、新しい教育の形の一歩になるのではないだろうか。
教師の世界も多様性は必要である。また、日本企業は、早期就職活動にお金を投じる余地があるのであれば、LFAを資金的に支援し、そうした活動の中で成長した優秀な人材を得る努力をしてはどうであろうか。
実際、米国では、ゴールドマン・サックスなど名だたる企業がTFAの資金的支援を行い、TFAの卒業生を優先的に企業に迎え入れているのである。
文部科学省や、守られていることに安住している一部教師からの圧力は非常に強いことが予想されるが、日本でやっと日の目を見たLFAにはぜひ頑張ってもらいたいものである。