日本のメディアは中国とロシアの関係をもっと認識すべし!
2010.11.17(Wed)JBプレス 菅原信夫
ロシアにいると、最近の日中間の不協和音は他人事ではない。日本の対応をじっと観察しているロシアがいつ北方領土を巡って日本に居丈高な態度に出るか、不安が横切る。
中ロが歩調を合わせて日本への挑戦、はあり得ない!
しかし、領土問題を巡り、中ロが歩調を合わせて、南北から日本に挑戦する、という推測には違和感がある。モスクワで見る中ロ関係は、蜜月状態にあるとはとても思えないからだ。
ロシアの対外政策を考える際に注意しておきたいのは、政治と民衆の感情とは必ずしも一致せず、また、長期的に見ると政治は民衆の感情と同じ方向に集約していく傾向がある、ということだ。
最近ではグルジアを巡るロシアの政策がその典型であろう。いかに政治的にグルジアとの関係を凍結しようとしても、ロシアの歴史に刻まれたグルジアの影響は、それを消し去ることはできない。
一方中国については、中国をロシアのエネルギー政策における最大の客先としながらも、民衆レベルでの対中警戒感を解くことは絶対にできない。
最近、モスクワで日本企業に対して極東ロシアの開発プロジェクトを紹介するセミナーがあって、出席した。いくつものプロジェクトが紹介されたが、何も日本企業、それもモスクワに駐在する駐在員を対象にする必要もなさそうに思われた。
日本と組んで中国を牽制したい
地理的な感覚から言えば、極東においては中ロで進めるのが何よりも現実的に見えるプロジェクトも多く含まれていた。実際、セミナーでは言葉の端々に中国を意識した発言が聞こえる。
ただ、それは中国にプロジェクト参加を要請する、という方向とは正反対で、日本と組むことで中国の参加を不要としよう、というアプローチなのだ。
「プロジェクトを各国に紹介すれば、中国が触手を伸ばすことは分かり切っている、その前にぜひ日露間で手を結んでしまおうではないか、それを言いたいがために、モスクワまで来たのだ」
今回のセミナーを取りまとめたロシア地域発展センターのメラメド氏は、セミナー後の私の質問にこう答えてくれた。
ロシア極東部における中国排除の動きは、極めてはっきりしている。その理由を同じくメラメド氏に尋ねると、彼は一言「それは中国の覇権主義にある」と答えた。
法律を超えていつしか実効支配してしまう中国への警戒心!
プロジェクトを共同でスタートしても、いつのまにか中国人により主導権を取られてしまう。
法律上、ロシア側の権益をしっかりと謳ったプロジェクトであっても、大勢の中国人に囲まれてしまい中国の「実効支配」下に置かれたプロジェクトは過去数多くあるという。
ロシア政府は、中国を買い手とするロシア産天然ガス、石油の輸出には大変積極的である。
本年9月末、ドミトリー・メドベージェフ大統領は中国を訪問し、胡錦濤国家主席とともに、ESPO(東シベリア―太平洋石油パイプライン)の中国側完工式に出席している。
このパイプラインを通して、今後20年間にわたり大量の石油がロシアから中国に供給される。
ロシアのエネルギー産業に中国の投資は認めない!
一方、天然ガスについては、ガスプロムと中国側CNPC(中国石油天然気集団公司)との間で、西シベリアのガス田と中国ウイグル自治区を結ぶパイプラインを通して、ロシア産天然ガスが30年間にわたり中国に供給される契約が合意されている。
このように、ロシアは中国を輸出先とするエネルギー供給には多額の投資を行っている。しかし、そのロシアのエネルギー産業に中国が投資を通じて事業参加することには、極めてネガティブな姿勢を貫いている。
実際ロシア政府は自国のエネルギー産業への中国の参入を何度も防いできた歴史がある。2006年のROSNEFTの新規株式公開(IPO)では、中国石油の資本参加を許さなかった。
また、2002年にはSLAVNEFTの中国石油への売却を認めなかった。買い手に決まったロシア同業他社の出した価格より中国石油は13億ドルも高い価格を提示したにもかかわらずで、ある。
鳥取県境港から韓国の東海(トンヘ)経由でウラジオストクに向かうDBSクルーズフェリーは、最近の日本製中古車貿易の復活でかなり貨物が多くなっていると聞く。
日本の中古車輸出が復活!
しかし、引き続き問題なのは、ウラジオから積み出す貨物である。 関係者によると、ウラジオから輸出されるロシア産品の少ないことは当初から予想されていたという。
しかし、中国黒龍江省産の食糧、石炭を国境を越えて輸送し、ウラジオから韓国に輸出する、という計画があり、これが引き金となってフェリーの就航が決まったとのこと。
予想外なのは、たとえ第三国への輸出のためとしても、ロシアが中国産品の国境越えを許可しないという事実で、これではフェリーの復路の貨物の確保ができず、DBSフェリーは頭を抱えていると聞く。
前回の小稿で触れたウラジオ市内で販売されている中国工場産のアサヒビールであるが、10月の実施調査では、その姿は完全にウラジオから消えている。アサヒビールは全量、日本からの輸出となっている。
これで、既に出回っているサッポロに加え、アサヒ、そしてこれから本格展開が開始される予定のサントリービールと、ウラジオ市内で販売される日系ビールは全量が日本からの輸出品となる。
中国製品を持ち込みにくくなったウラジオストク!
極東の消費者は、日本製品と中国製品を完全に分けて考えており、中国製品は人気がない、ということも前稿で指摘したが、今や行政面でも中国製品をウラジオに持ち込む際の国境の壁は厚くなる一方のようである。
私が愛用しているモスクワの中華料理店「友好飯店」には、H君という中国人のウエイターがいる。この店は中国政府の支援で建設された中ロ友好会館の中にあり、料理人からウエイター、ウエイトレスまで全員が中国人、本格的な中華料理が楽しめる大型レストランである。
スタッフがほとんどロシア語を話せない中、H君はなんとかロシア語で会話ができる。中国の田舎の話やら、いろいろと話をするうちに私のテーブルは必ず彼が担当してくれるようになってしまった。
先月末、店で食事をした時、H君が寂しそうな顔で私にこんなことを言った。
菅原さんとは、今月末でお別れしなければなりません」
「なぜ?」
「滞在延長のためのビザ申請が拒否されて、帰国せざるを得なくなったのです」
「君だけ?」
「いえ、今後滞在期間は延長されないみたいで、今回は数名が私と一緒に帰国します」
ここまで聞けば、ロシア移民当局が中国人の帰国を促進していることは明確になる。この夏、ウラジオで聞いた不法滞在中国人労働者の追放と根は同じに聞こえる。
ウラジオの中華料理店は中国人の料理人が国に戻ってしまってから、食材も乏しくなり、味は落ちるし、あれだけ中国に近い場所にありながら、見るも無残な中華料理になってしまった。
モスクワから中華レストランが消えるのは時間の問題?
モスクワで圧倒的な店舗数を誇る和食レストランに比較して、中国人シェフがいないと成立しない中華料理店は本当に少数派、客数も比較にならない。不法移民問題が密接に絡むロシアの中華料理の将来は、かなり難しいものがある。
中国との関係を見直す風潮は、既に昨年からはっきりしていた。モスクワ市内にあった雑貨市場「チェルキゾフスキー」は2008年9月の当局による手入れを経て、2009年6月に完全閉鎖されてしまった。
閉鎖に至る過程ではいろいろと政治的な憶測もあり、本誌でも大坪氏が「超高級リゾートに腹を立てたプーチン首相」の中で詳しく紹介をされている。
中国からの密輸品を並べる市場だから、働いていたのも中国人が多く、一時はこの市場だけでも6万人を超えていたという。この市場で年間に販売される密輸品の総額は100億ドルを下らず、その70%は中国から運ばれたものだったという。
チェルキゾフスキー市場で売られていた商品は、主に低価格品で、市場で品定めをするロシア市民も高所得者層は少なく、この市場閉鎖が政治的な問題になることはなかった。
モスクワの高級ブティックの商品は、ほとんどが中国製の偽物!
しかし、先日読んだプラウダ紙には、モスクワの高級ブティックで販売されているプラダの靴、グッチのバッグ、アルマーニのジーンズ、それらのほとんどは中国製の粗悪品であり、ロシア女性はだまされている、と警告を発している。
いよいよ中国製品への非難が高所得層にも広がってきたようだ。そして、その記事は高級ブランドを非常識な低価格で買いたい、というロシア人の欲望が、中国製偽物ブランドを跋扈させる理由になっている、と自戒を求めている(注1)。
何度も小稿で指摘しているように、中国製品への警戒と反比例するように日本製品への信頼感は増している。
ロシアにとって、中国への警戒を解くことができない理由、それはロシアと中国の地政学的関係、すなわちロシアの隣国が中国であり、中国との間には数千キロにわたる国境を接している、という事実である。
ロシアが中国への対抗手段として日本カードを持とうとすることは十分考えられるし、ロシア民衆の感情は既にその方向に向かっているのである。
メドベージェフ大統領の国後島訪問を反日的と喧伝するメディアの責任!
少なくとも、ロシアと中国が結託して、領土問題で日本にあたる、ということは民衆レベルの観察ではちょっと考えられない。
こういう時期に、日本のマスコミがメドベージェフ大統領の国後島訪問を反日的である、という論調をことのほか大量に流し、そこに複雑な思いをしているのは、実はロシアの親日派民衆なのである。
日本としては、ロシアの地政学的立場を理解し、利用することで、ロシアに対してもっと有利に駆け引きを行い得ると強く感じる。