雑穀
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E7%A9%80
ドラッカーで読み解く農業イノベーション(5)
2010.11.26(Fri) JBプレス 有坪民雄
「ニーズに基づくイノベーションは、まさに体系的な探求と分析に適した分野である」(『イノベーションと企業家精神』ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
コメ専業農家に作物の転換を促す!
前回から、コメ専業の大規模農家がどうやって生き延びていけばいいのかを考えています。
兼業農家との競争によって大規模専業農家がバタバタとつぶれていく悪夢を回避する方法は2つあるとお話ししました。
1つは、もうしばらく減反制度を続け、兼業農家がこれ以上は減らないと考えられる水準まで落ちてから、減反を廃止するか否かを決めることです。
今回、お話しするのはもう1つの方法です。それは、発想を逆転し、専業の大規模コメ農家に作物の転換を促すことで需給の調整を行うことです。
すなわち、コメ以外の作物で、単位面積当たり労働時間がコメ並みの作物を開発するというイノベーションです。
農水省が政策的に推したいのは麦やトウモロコシ、大豆など、自給率が低い国際商品となりますが、筆者が注目しているのはアワ、ヒエ、キビなどの雑穀です。なぜなら、この分野は国際商品と比べ、単価がべらぼうに高いのです。
生産者が業者に売り渡す価格でも、だいたいコメの2倍。小売りされる末端価格では1キロ2500円程度。魚沼産コシヒカリの中でも最も高価とおぼしき「天空米」とほぼ同価格ですから、いかに高価に取引されているのか分かるでしょう。
余計なことを書けば、これほど高価だからこそスティック状にパッケージングし、ご飯と混ぜることを勧める売り方をされるのです。5キロ袋などで売れば、あまりの高価さに顧客は驚き、購入意欲をなくしかねません。
農家はなぜ雑穀を作らないのか
閑話休題。健康食として人気の高いアワやヒエなどの雑穀は、国産のものがほとんどありません。統計はありませんが、現在日本で流通している雑穀の99%以上は輸入物と見られます。
なぜ、国内農家は雑穀を作らないのでしょうか?
その理由は、第1に収量が低いことです。雑穀の収量は米の半分程度。2倍で取引されるとしても1反当たりの収入は米と同じ程度です。基本的に畑作物なので、除草の手間を考えるとコメほど魅力がありません。
第2に、機械化があまり進んでおらず、作業時間が多くなりがちになることが挙げられます。日本最大の雑穀生産地は岩手県で、特にヒエの生産に力を入れています。岩手県がヒエに力を入れるのは、水に強いためコメ同様の栽培が可能で、コメ用の機械の多くが少しの改造で流用できるからです。
第3に合法的に使える農薬が少ないことです。2002年7月、全国で「ダイホルタン」という農薬が無登録で使用される違法農薬事件が発生して、使ってよいとされる作物以外に農薬を使うことが禁止されました。
雑穀はイネ科の作物なので、病害虫もコメとほぼ同様のものが発生します。そのため昔ならコメ用の農薬を使えば防除はできました。しかし現在では、適用外使用は農薬取締法に引っかかってしまいます。
農薬メーカーが、コメ用の農薬を雑穀にも使えるように適用を拡大すればいいのですが、農薬メーカーはなかなかやってくれません。雑穀の国内生産がほとんどないため、適用拡大の手間ひまと費用の割に売り上げが拡大しないからです。
そのため改正前から適用のあったハトムギ用を除けば、違法農薬事件から8年も経つ今でも、除草剤が1つ適用を認められた程度で、雑穀の適用拡大登録は全くと言っていいほどなされていません。
既存技術で対応は可能!
しかし、こうした制限が外れればどうなるでしょうか?
日本はコメの品種改良の技術は世界トップクラスです。昔はコメも雑穀も収量は同程度でした。現在、コメが雑穀の倍取れるのは、日本人が雑穀を一顧だにせずコメの改良に集中してきたからです。
コメで培った品種改良の技術を使えば、雑穀は比較的短期間に収量をコメ並みに、あるいはそれ以上に引き上げることができるでしょう。そうなれば、雑穀はコメの倍儲かる作物になります。
機械化の問題も、技術的に困難な部分はありません。中耕除草用のカルチベーターは、ジャガイモなどに使われる既存の機械をそのまま使えますし、他の機械もコメ用の技術に少々手を入れれば対応は可能です。簡単な改良だとコンバインの収穫物を選別する網の目を細かくする程度で済みます。
メーカーが雑穀用の機械を作らないのは、需要が少なく、採算に乗らないからに過ぎません。農薬メーカーも採算が取れるなら雑穀の農薬を適用登録するでしょう。すなわち、既存技術で全て対応可能なのです。
鳥獣被害を防ぐのではなく、「被害を少なくする」!
そして、多くの雑穀には、兼業農家には参入しにくい特徴があります。小規模でやれば鳥害で壊滅的打撃を受けることが多いのです。
アワとキビは鳥のエサに使われるくらいですから、特に被害がひどくなります。筆者自身、試作してみて驚いたのですが、コメならせいぜい水田に糸を何本か張れば済む鳥害対策が、アワやキビでは通用しません。
実が熟すと、コメとは比較にならない迫力で、スズメはアワやキビを襲います。糸を張る程度の防御など無力。仕方がないので全面に網を張りました。しかしそれでも突っ込んできて網にかかって死んでいるスズメがいます。神風特別攻撃隊を初めて目撃した米軍水兵の気持ちが分かったような気がしました。
スズメの猛攻を撃退する省力的な方法はありませんが、被害を少なくする方法はあります。スズメが食い切れないほど大量に作ることです。
一般に動物の面積当たり繁殖密度は、年間で最も食料の少ない時期に生存可能な最大数以上に増えることはありません。
雑穀の成熟期に、地域のスズメが最大で100キロの雑穀を食うなら、100キロ以下しか作っていなければ全滅です。しかし10トン作っていれば、被害は1%にしかならないのです。よって、被害を最小限にするには、兼業農家より専業農家の方が適しているのです。
イノベーションの条件は全て揃っている!
ドラッカーは、「ニーズに基づくイノベーション」に必要とする5つの前提と3つの条件を、以下のように挙げています。農政を司る農林水産省の立場に立ってみましょう。
【前提】
(1)完結したプロセスについてのものであること(= 雑穀生産)
(2)欠落した部分や欠陥がひとつだけあること(= 品種改良)
(3)目的が明確であること(= コメの生産削減)
(4)目的達成に必要なものが明確であること(= 一部専業農家のコメからの退場)
(5)「もっとよい方法があるはず」との認識が浸透していること(= 減反の必要性は農民に理解されている)
【条件】
(1)何がニーズであるか明確に理解されていること(= 収益性のよいコメ代替作物)
(2)イノベーションの知識が手に入ること(= 既存技術で対応可能)
(3)問題の解決策がそれを使う者の仕事の方法や価値観に一致していること(= 専業農家、兼業農家それぞれの価値観に一致している)
いかがでしょうか。イノベーションを実現できない理由は見つかるでしょうか?
(wikipedia参照)