エアロトレイン
http://ja.wikipedia.org/wiki/エアロトレイン
「アホウドリ」がヒント、速くて省エネの新交通システム!
2011年2月1日(火)日経ビジネス 山田久美
最高時速は時速500キロメートル。世界最高時速581キロメートルを誇るJR東海の「磁気浮上式リニアモーターカー」と同等の速さを実現しながら、リニアモーターカーの約9分の1のエネルギーで移動できる新交通システム「エアロトレイン」の研究開発が進んでいる。
1500キロメートル――。これは、アホウドリが1回の食事で移動できる飛行距離だ。我々人間が徒歩で移動する場合、時速5キロメートルとしても300 時間、つまり2週間近く、休むことなく歩き続ける計算になる。では、なぜアホウドリはこんなに“燃費”が良いのか。その理由の1つが「地面効果」と呼ばれる自然現象である。
地面効果とは、地面とスレスレの高さを翼を使って移動する際に、地面と翼の間に挟み込まれた空気がもたらす強い上向きの力のことだ。
地面と翼の間に空気を挟み込む!
その地面効果を応用して、時速500キロメートルという高速移動を可能にする新交通システム「エアロトレイン」の研究開発が進んでいる。動力に利用するのは太陽光発電や風力発電など自然エネルギーだけ。手がけているのは、東北大学未来科学技術共同研究センターの小濱泰昭教授である。
飛行機は「揚力」を使って浮上する。翼は、前方から風を受けることで、翼の上の部分よりも下の部分の方が、空気の圧力が高くなる。その結果、翼が下の部分の空気によって押し上げられ、機体が浮き上がるというわけだ。この上向きの力が揚力である。
ここで機体の高度を上げないとどうなるか。地面と翼の間に空気が集まるため、翼の下の部分の空気の圧力が高まり、揚力が増すことになる。これが、地面効果である。
地面効果は地面から離れるに従って弱まるため、機体はある程度浮上し、地面効果がなくなった時点で下降し始める。しかし、前進している限り、地面と翼の間に挟み込まれた空気があるので、それがクッション代わりとなって、地面に落下することはない。地面からの高さは、速度が決まればある一定のところで落ち着く。つまり、地面スレスレの高さを飛び続けることができるのである。
エアロトレインには、機体に4枚の翼が取り付けられており、3方が壁面に囲まれた凹型の専用路「ガイドウェイ」内を浮上走行するように設計されている。
翼の先はL字型になっており、L字の部分は安全翼と呼ばれる。翼と地面との間、そして、安全翼と壁面との間の計8カ所で、地面効果を発生させるようになっているのだ。安全翼と壁面との間に発生する地面効果は、機体が壁面にぶつかるのを防ぐ働きを担っている。
推進力は、機体の両脇に取り付けられた2つのプロペラを回転させることで得る。プロペラの動力は、ガイドウェイ脇に設置した太陽電池を利用する。現在は充電池にためて機体に積んでいるが、将来はパンタグラフ式にして、常時、電力供給ができるようにする計画だ。
一方、自動車や鉄道など地上を走る乗り物は、速度を上げると急速に空気抵抗が高まる。通常、空気抵抗は速度の2乗に比例して増大する。速度が2倍になれば空気抵抗は4倍に、3倍になれば9倍になってしまうのだ。
それに対し、エアロトレインが極めて少ないエネルギーで高速移動できるのは、地面効果が、空気抵抗を下げる働きを持っているからだ。
実は、地面効果を利用した乗り物はこれまでにも開発されてきた。しかし、その中心は水面を地面効果で浮上走行する軍用の「水面効果艇」で、地上を走る一般向けのものはなかった。しかし、水面に立つ波を受けて沈没するなど事故が後を絶たなかったため、現在は製造されていない。
元々、飛行機などの空気抵抗の研究をしていた小濱教授が地面効果を知ったのも、水面効果艇が最初だった。1986年から2年間、ドイツに留学した際、同僚が水面効果艇のモデル実験を進めており、それに衝撃を受けたのだ。
「これは面白い!と思った。帰国後も地面効果のことが頭から離れなかった」。小濱教授はこう振り返る。
そして帰国後、小濱教授はすぐさま、エアロトレインの研究開発を始めるきっかけとなるプロジェクトに携わることとなる。それは、新幹線の初代「のぞみ」号の開発プロジェクトだった。
新幹線が開業したのは1964年のこと。ここで改めて、初代の0系の「ひかり」号から最新のN700系まで、新幹線の歴代の先頭車両を見比べてみると、形状がより流線型に近づいていることが分かる。空気抵抗を下げるためだ。特に顕著に表れているのが、開業以来、維持してきた最高時速220キロメートルを、一気に時速270キロメートルに引き上げた初代のぞみ号だ。そして、その先頭車両の形状を考えたのが、この小濱教授である。
「しかし、残念ながら、先頭車両の形状の改良による空気抵抗の低減効果は、“スズメの涙”程度だった。地面に密着して走る限り、先頭車両の形状をいくら工夫しても、空気抵抗の大幅な削減は期待できない」。小濱教授はこう打ち明ける。
新幹線は床下の空気抵抗が壁に!
これまで鉄道で空気抵抗というと、先頭車両ばかりに目が向いていた。ところが、実はそれ以上に大きな空気抵抗を生んでいたものがあった。それは、車両の床下面と路面との間の部分の空気抵抗だったのだ。
車両の床下面と路面との間は狭く、かつ床下面も路面もデコボコしている。そのため、乱流が発生し、それが大きな空気抵抗となっていたのだ。しかし、この部分の改良は難しい。しかも、新幹線は16両編成で全長が400メートルもある。
「要するに、鉄道車両における空気抵抗の軽減には自ずと限界があり、高速化と燃費のバランスを考えると、N700系の時速270キロメートルがゴールだという結論に達した」。小濱教授はこう語る。
そうなると、気になるのが、2027年の開業を目指し、研究開発が進められている磁気浮上式リニアモーターカーだ。それに対しても、小濱教授の見方は厳しい。
「リニアモーターカーは燃費という観点から見ると、非常にエネルギー効率が悪く、新幹線の3倍もある。お世辞にも環境に優しい乗り物とは言えない」。
理由は、まず、超電導方式のリニアモーターの場合、投入する電力に対し、その1%程度しか推進力に変換できないため。そして、時速500キロメートル以上で走るにも関わらず、車両と3方を囲む壁の間が狭く、空気抵抗が大きいためだ。
では、高速化と燃費の維持・向上を両立させるような、地上を走る交通システムはもうないのか――。この課題に直面したとき、小濱教授の頭をよぎったのが地面効果だったのだ。
「飛行機のように翼を持たせ、地面効果を使って、地面からスレスレの高さを高速で浮上走行する新幹線のような乗り物を作ろう」。1986年、小濱教授は、のぞみ号のプロジェクトと並行して、この夢の実現に向け、行動を開始した。
最初の約10年間は、机上での理論計算が中心だった。しかし、1997年から1998年にかけて大きな進展があった。
まず、旧運輸省の支援により、エアロトレインに関する調査委員会が発足。時速500キロメートルを前提とした場合、新幹線の3分の1、そして、リニアモーターカーの9分の1のエネルギーで走行できるというお墨付きをもらったのだ。これにより、小濱教授は自信を強めた。
次いで、財団法人鉄道総合技術研究所(JR総研)が、宮崎県日向市にあったリニアモーターカーの実験線を山梨県に移転するのに伴い、日向市の実験線跡地の有効利用者を募集し始めた。それは、エアロトレインの実験走行に最適な施設だったため、絶妙なタイミングだった。小濱教授はすかさず応募し、無償で借りることができた。
小濱教授は、早速、これまで積み重ねてきた理論研究を実証するため、エアロトレインの第1号機を製作し、走行実験を開始した。そして、1999年、世界で初めて、地面効果によって地面の上を安定して浮上走行できることを証明した。
羽田-成田間の地下トンネルで走らせる!?
第2号機では、少ないエネルギーで走行できることを示すため、太陽光パネルで発電した電力のみで推進することを実証した。
そして、現在は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受け、幅3.3メートル、長さ8.5メートルの2人乗りの第3号機で実験を繰り返している。産業技術総合研究所の提案により、機体は難燃性のマグネシウム合金製に変えた。これは、同等の強度を保つアルミニウム合金に比べ約60%の軽量化が図れる新材料だ。
第3号機を使った実験には、NEDOから宿題が出ている。2011年3月までに、「1人の人間を、時速200キロメートルで、1キロメートル移動させるために必要なエネルギーを35キロカロリー以下に抑える」というものだ。「達成のメドは立っている」と小濱教授は自信をのぞかせる。
これがうまくいけば、来年度からは実用化研究の段階に入る。最終的には、3両編成、360人乗りを開発し、45メガワットの発電量で、区間500キロメートルの距離を、時速500キロメートルで、12分間隔で、往復走行させる計画だ。2025年には実用化できると踏んでいる。
「そのため、今後はますます産業界からの支援や協力、理解が重要になる」と小濱教授は話す。
とはいえ、エアロトレインを導入するには、ガイドウェイを敷設する必要がある。日本にはすでに新幹線という高速鉄道が整備されており、新幹線をエアロトレインに置き換えるというのは、あまり現実的ではない。そこで、現在、小濱教授が目を付けているのが、羽田空港と成田空港間の地下トンネルだ。これが実現すれば、羽田と成田を約10分間で移動できることになるという。もちろん、今後、新交通システムの導入が見込まれる新興国へも積極的にアピールしていく計画だ。