嶋聡(ソフトバンク社長室長)
南魚沼産コシヒカリ 6.4 産経ニュース
ソフトバンクの孫正義社長(53)が東日本大震災後、「脱原発」に向けた言動を活発化させている。被災地に私財から100億円の義援金を寄付すると発表したのに続き、矢継ぎ早に自然エネルギーの普及に向けた提言を繰り返し、全国の地方自治体を巻き込んで太陽光発電の事業化にも乗り出す。インターネットや携帯電話事業で豪腕を発揮した孫社長は「自然エネルギー」を引っ提げ、何を狙うのか。
電力参入狙いは?
「想像したくない可能性について申し上げる」
5月30日に開かれた韓国企業とのデータセンター事業での提携会見。孫社長はおもむろにこう切り出した。
「事故で福島原発が止まっているが、もし福島以外でも原発が事故を起こしたとする。国民はすべての原発を止めろということになるかもしれない。そうすると電力が足りなくなり、大規模停電がないとも限らない」
これに限らず、孫社長は震災後、原発を危惧する発言を繰り返している。発表した新規事業の大半は電力関係で、「社長の頭をほとんどを原発が支配しているのではないか」(ソフトバンク幹部)といわれるほどだ。
7月には、30道府県の知事と組んで「自然エネルギー協議会」を発足させる。ソフトバンクも電力事業に取り組む子会社を設立し、自治体側から提供を受けた土地で200キロワット程度の発電所を運用することで事業化に取り組む。
突如とも思える電力事業への参入の狙いは何か。
「人助けだよ」
元民主党衆院議員のソフトバンク社長室長の嶋聡氏が1日、東北に向かう新幹線で尋ねたところ、孫社長は一言こう答えたという。孫社長はこれまで、発電事業について「本業の情報通信に軸足。電力は自然エネルギー普及のきっかけづくり」「国民のライフラインを担う公益的事業」と、あくまで社会貢献との位置づけを強調している。
実際、孫社長は3月に福島県を訪れると、4月3日には私財100億円を震災孤児支援のために義援金として寄付。23日にはまた個人資産10億円を投じて世界中から専門家を集める「自然エネルギー財団」の設立を表明した。「正義」を掲げて脱原発を進める孫社長の取り組みは言葉通りにも受け止められる。
巨大産業切り崩し
ただ、インターネットや携帯電話事業で激しい争いを繰り広げてきた通信業界関係者からは「NTTの次の“仮想敵”を東京電力に見定めた」との見方が支配的だ。
菅直人首相は5月18日の会見で、東電の発送電分離に言及した。その中で「地域独占ではない形の通信事業が生まれている」と通信業界を引き合いに出した。実は、菅首相はその4日前に赤坂の料理店で孫社長と3時間近くにわたり会食しており、「発言の背景にソフトバンクがあったのは間違いない」(民主党関係者)。
菅首相はその後もパリでの国際式典で、発電における自然エネルギーの比率を2020年代に20%に引き上げると発言するなど、急速に脱原発路線に傾いている。
この構図は昨年、孫社長がインターネットの高速光回線を普及させる「光の道」構想を推進したときと似ている。このときもNTTの光ファイバー開放を求める過程で、孫社長と当時の原口一博総務相がツイッター上で意気投合したと取り沙汰された。NTT幹部は「あのときと全く同じ構図。孫社長は大義を掲げ、重鎮を口説くのが本当にうまい」との声が聞かれる。
電力と通信事業はスマートグリッド(次世代送電網)などで相乗効果も見込める。電力の開放が次なる事業拡大につながると見込んでも不思議ではない。
ただ、嶋氏は「誰もやらないからうちがやる。ほかがやってくれるなら、うちはいつでも本業に戻る」と強調。総務省幹部からは「孫社長が突き進む背景には、当初から原発に対する過剰なまでの嫌悪感がある」との声も。実際、孫社長は常に放射線を計測するガイガーカウンターを4機種持ち歩いている。
孫社長の野望は「公益」か「巨大産業の切り崩し」か。いずれにしても自然エネルギーを武器に、次の一歩を突き進み始めた。
(森川潤)