2011年6月28日 WIRED.jp
見えないようにしていたものが次から次へと目の前に現れてくる。震災後の私たちの世界はそんな感じだ。エネルギー問題もそのひとつ。そんななか、5月のG8サミットで、菅直人首相は2020年代に自然エネルギー利用を全発電量の20%以上とするという目標を明言。日本は大きな岐路に立った、のか?
「今回の発表は一定の評価ができます。しかし、2020年ではなく“代”にしたのは残念ですね。なにせ、世界と日本の差は30年ですから」。そう話すのは、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也。世界の自然エネルギーへの取り組みは1970年代に始まり、石油ショックや温暖化問題という課題を経て、現在に至る。その間、地道かつ真剣に取り組んできた自然エネルギー先進国と日本の差は歴然。さらに中国や中東などの新興国でも大規模な設備投資が行われ、自然エネルギーへの取り組みを飛躍的に伸ばしているのだとか。
「賛成、反対にかかわらず原子力自体が減少していくことは世界全体の流れ。自然エネルギー先進国のドイツは、2050年までに国内電力の100%を再生可能エネルギーに転換するという目標を掲げています。炭素税をいち早く取り入れたスウェーデンなどでは、その結果、民間企業の自然エネルギーへの取り組みが盛んになり、市民の意識も高まった。結局のところ、環境汚染はコストがかかる。これはすでに世界の常識なんですよ」
4月には、ソフトバンクの孫正義社長が「自然エネルギー財団」の設立を発表。科学者や全国の自治体と協力し、休耕地などに太陽光パネルを設置するといった提案を行うこの財団は、行政には任せておけないという意思表示でもある。日本のエネルギーシフトもいよいよ間近の気配が漂ってきた。
「エネルギー問題は、知的進化の問題でもあるんです。60年代にレイチェル・カーソンが提唱した環境思想が、欧米では自然エネルギーへの取り組みにつながりましたが、日本は長く、思考停止状態でした。アウトサイダーの意見が、社会を一段レベルアップさせるという当たり前のことを採用できなかったんです。そもそもイノベーションとは社会の中心ではなく、周縁でしか起こりません。僕は自然エネルギーは、日本の“ジャスミン革命”だと思っています。小さくてもいいから成功例を作ることが大切ですね」
よく分からないから、国がやるべきだから、という意見はもはや通用しない。問題は、僕らの無関心なのかもしれない。まずは世界の状況を知り、自分の身の回りに照らし合わせてみよう。“革命”に参加するかどうかを決めるのは、それからだ。
飯田哲也
環境エネルギー政策研究所所長
1959年山口県生まれ。国内の企業で原子力R&Dに従事した後、自然ネルギー分野へと転向。政府や地方自治体へ積極的に政策提言を行う。近著に『今こそ、エネルギーシフト』(岩波書店)など。
【各国の現状】
アメリカ
グリーン市場は確立するか!?
「グリーンニューディール政策」で、自然エネルギー産業の発展に期待が寄せられる。特に意識の高い地域がカリフォルニア。早くから風力発電に成功し、世界最大クラスの風力発電量を誇る。2020年までに州の全電力の33%を再生可能エネルギーとすることが目標。
カナダ
地域密着の法整備に世界が注目
ひとり当たりのバイオマス資源量世界一を謳うカナダ。水力、潮力、太陽光、風力など豊富な資源に恵まれている。また、独自のグリーン法案で成功したのがオンタリオ州。地域生産の自然エネルギー電力のみを買い取るというもので、雇用や投資に効果が現れている。
ブラジル
サトウキビが未来を担う!
サトウキビを原料とするバイオエタノールが浸透し、全供給エネルギーの約半分が再生可能エネルギー(約7割が水力発電)。しかし、天候に左右される不安定な供給を理由に100%の活用までは至っていない。世界有数の豊かな天然資源国の未来に注目が集まる。
ニュージーランド
南半球屈指のエコ大国
水力発電が6割、地熱が1割で全電力の7割をすでに自然エネルギーで賄うという高いレベルにいるニュージーランド。2025年には90%が目標だ。この5月には世界最大の地熱発電プラントが稼働。ちなみに、原子力発電所はひとつもない。
中国
自然エネルギーも急成長中
クリーンエネルギー技術の生産額は640億ドル以上で世界1位。年77%という成長を続けている。新規設備への投資や自然エネルギー発電設備容量も、世界1、2位を競い、今やグリーン大国。しかし、エネルギー消費量も世界一。この不均衡は改善されるか!?
シンガポール
自然エネルギーでも成長国を目指す
建造物の8割が厳しい環境基準をクリアすることや、産廃の7割をリサイクルするといった高い目標が並ぶ。スマートグリッドの実証実験地域、グリーン産業を集めた工業団地、環境配慮型の住宅が並ぶエコタウンなど、グリーン戦略でも勢いを見せる。
タイ
日本も学べ、原油輸入体質からの脱出
国内のエネルギー生産量のうち、30%以上が再生エネルギー。バイオエタノールに力を入れ、東南アジア最大の生産国でもある。その背景には、農業によるCO2排出の問題があり、アジアでは4位のCO2排出国というつらい立場がある。
フランス
新築物件は自家発電が必須
2020年末以降、住宅やオフィスなど新築建造物のすべてに再生可能エネルギーを生産する施設を設置することを義務化。消費するエネルギーを上回る施設でないといけないという厳しい基準を設けた。欧州一の原発大国も、自然エネルギーは無視できないのだ。
ドイツ
環境哲学で世界を牽引
2022年までに国内の原発全廃を明言。環境先進国として名高いドイツは、再生可能エネルギー電力の割合も増加中だ。自然エネルギー電力を通常よりも3割高で電力会社が買い取りをしなければいけないなど、意欲的な法整備で世界を牽引。
デンマーク
技術力もどんどん輸出
エネルギー自給率を2%から150%以上にまで引き上げたデンマーク。再生可能エネルギーは総電力の30%以上とすでに高いレベル。風力発電では世界の市場の約50%を占め、国内には5,000基以上の発電機がある。現在は、水素エネルギーの研究にも力を注ぐ。
イギリス
新エネルギー制度は世界を変えるか?
低炭素社会の実現に向け、二酸化炭素の排出権を基軸通貨とする炭素通貨構想の中心地。また、島国という立地から、潮力発電の研究に定評があり、その技術は世界トップレベル。昨年は、大西洋沖に世界最大級の洋上風力発電所を建設している。
UAE
エコプロジェクトでもケタ違い
豊富な財力でグリーン大国へと転換しようとするUAE。狙いは、欧米への電力販売だ。アブダビに中東最大の太陽光発電施設を建造し、今年から稼働。また、再生可能エネルギーで100%賄う世界初のゼロカーボン都市「マスダールシティ」が2015年に完成予定。
ケニア
地方格差を自然エネルギーで解消
アフリカのエネルギー先進国にいち早く躍り出ようというのがケニアだ。すでに地熱発電に成功しており、2030年までに4GWの生産量という高い目標を掲げた。地方の未電化地域を再生エネルギーによって電化するという政策も今年発表された。