2011年7月26日 DIAMOND online
3.11で浮き彫りになった名ばかりの電力自由化の実態
「発電所だって計画停電の対象です。例外はありません」
3月11日の東日本大震災後、点検を終え試運転に入っていたある独立系火力発電所の関係者は、東京電力の発言に耳を疑った。電力不足に見舞われた東電の地域に電力を送ろうとする他社の発電所を、東電は送電線ごと止めようとしていたのだ。
東電が他社の電力を受けることをいやがるのは今に始まったことではない。他社の電力を受け入れれば受け入れるほど、独占事業のうまみがなくなるからだ。電力供給は自分たちだけが考えて行うという姿勢が震災後、色濃く表れた。
もっとも日本の電力市場が1995年以降、段階的に自由化されてきたことはあまり知られていない。そもそも電力はいったいどのような仕組みで届いているのだろうか。
右の図をご覧いただきたい。発電所で生産した電力は、送電線を通して運ばれ、家庭や工場などへ送られる。発電は主に電力会社が担うが、95年からは、石油会社やガス会社などの、冒頭のような独立系発電事業者が参入している。
発電部門だけでなく、小売り部門も2000年から徐々に自由化された。家庭や商店はまだ規制対象だが、50キロワット以上の工場やビル、病院、オフィスなどは契約が自由だ。すでに市場全体の6割が自由化されている。そこに新規参入したのが特定規模電気事業者(PPS)と呼ばれる45社だ。
PPSは、独立系の発電所などから電力を仕入れ、企業や工場に電力会社よりも安く電力を販売する。ただ、送電には電力会社の送電線を借用するため、託送料という“通行料”を支払う。04年には電力の市場である日本卸電力取引所ができ市場取引も始まっていた。
しかし、PPSの販売電力量は全体のシェアの3%にすぎない。送電線の使用料や火力発電所の燃料費の高騰で、その経営は決して楽ではなかった。
震災はPPSにさらなる追い打ちをかけた。東電は電力の安定供給を楯に一方的に送電線の利用を止めたのである。市場の取引は停止し、PPSも自前で確保したはずの電力を客に送れない事態に追い込まれた。
その影響をもろに受けたのがPPS最大手のエネットだ。計画停電の発表後、客からは「なんで東電でもないおたくの電力が使えないのか」とクレームが殺到した。
実際、エネットの電力供給源は被災しておらず、送電網さえ使えれば客は停電にならなくてすんだのだ。今も十分に発電余力はあるが、国の方針で客には節電の要請をしなければならない状況に追い込まれている。客への供給停止で損失が数億円以上も発生したうえ、さらに節電要請で逸失利益も出る。
武井務前社長は「電力不足のときこそ本当は競争のチャンスなのに、国が自由化に対するブレーキを踏んでいる」と憤る。
最も大切な緊急時に機能不全になる──。これまでの電力自由化とは、いわば名ばかりの幻想だったのだ。その背景にあるのが、電力会社による供給側の論理である。「客に与えてやっている」という発想だから、電力不足になれば計画停電や節電要請という前近代的で手前勝手な施策しか出てこない。はたして解決策はほかにないのだろうか。
その鍵はスマートグリッドの技術にある。
消費者を目覚めさせる
「見える化」「新料金」
スマートグリッドのスマートという言葉には、消費者(需要家)がエネルギーについて「賢くなる」という意味も込められている。先端のIT技術や設備はそれを引き出すためのトリガーだ。
右図にあるように、電力は需要と供給を常に一致させなければ周波数が乱れて停電になる。電力はためられないために、電力会社は客の需要を予測し、それに合わせて供給を増やしてきた。発電所の建設に多額の設備投資をするため、国も地域独占を認めた。
今回の電力不足はその供給側の限界をあらわにした。天秤の供給側が調整できなければ、もう片方の需要側を調整してバランスを取ればいい。
そのためにはまず、「電力の使用実態をきめ細かく調べなければならない」(田中誠・政策研究大学院大学准教授)。そこで、スマートメーターを置き電力を「見える化」するのである。使用実態がわかってこそ節電もできる。また、時間帯別の料金メニューを提示できれば需要の集中や価格を抑えることにもつながる。
省エネコンサルティングの日本テクノは02年から、レストランや中小工場など約3万5000の顧客に対して、電力使用量を30分ごとのグラフで「見える化」するシステムを取り入れた。電力使用量が設定ラインに近づくと、取り付けたメーターの中のキャラクターが、笑顔から一転、怒った顔になって知らせてくれる。リアルタイムで携帯電話にも連絡され、インターネット上でも使用量を確認できる。この「見える化」で平均10%の節電につながった。
今夏の電力不足に向けて6月には、急きょ昨夏比15%削減を実現する無料サービスを実施。ネット上のボタン一つで削減目標が変わるもので早速1000件を超える反応があった。
「見える化」だけではない。きめ細かな電気料金の設定も電力不足解消の方法となる。
NTTファシリティーズは7月より、法規制されている家庭部門への料金サービスに日本で初めて参入し、時間帯別の料金メニューを取り入れた。対象は都内などにある9マンション約3000世帯で、各戸にスマートメーターが付いている。
価格の仕組みは右図に示すとおりだ。電力需要の少ない朝晩の電気料金を安くし、電力需要のピークとなる午前11時0午後4時を2倍以上に高くする。ユニークなのは、猛暑によりエアコン使用などで電力需給の逼迫が予想される場合は、前日にメールが届くこと。節電に協力した場合は1キロワット時当たり1円分のポイントが与えられ、翌月以降の料金から割り引かれる。
この取り組みが成功すれば、一律15%といった乱暴な節電要請などでなく、料金メニューによって消費者側の節電を促し、しかも消費者は電気料金を安く抑えられるという、じつに“スマート”な構図を晴れて証明できるわけだ。
これまでは一部の民間企業の取り組みでしかなかったが、経済産業省も“スマート”な構図を追求しようとしている。
北九州の注目実験
節電ポイントで買い物も?
10年4月、経済産業省はスマートコミュニティの実証実験を行う4地域を選定した。4地域は福岡県北九州市、愛知県豊田市、神奈川県横浜市、京都市けいはんな学研都市。総務省、環境省、農林水産省などの予算を投下し、スマートメーターの設置や蓄電池の設置、電力制御のためのシステム開発等に使われる。
四つのうち、関係者が最も注目するのが北九州市だ。なぜなら「電力会社がかかわっていないから」(業界関係者)である。
北九州市の電力源は新日本製鐵八幡製鉄所内にある発電量3万3000キロワットの排熱もうまく利用するコジェネレーション発電だ。九州電力の電力網とはつながっておらず、電力は100%新日鉄から供給される。電線もすべて新日鉄の所有するものを使う。そこが前出の三つの実験とは異なっている。
太陽光発電など自然エネルギーを「電力の質が悪化する」と嫌ってきた電力会社の思考から離れて、北九州市は自由な発想で実験を行えるだろうと、期待が集まっているのだ。
北九州市の実験地域は約120ヘクタールで、敷地内の300世帯すべてが参加する。各家庭と事業所にはスマートメーターが設置され、地域内に設置された太陽光発電や風力発電システム、設置予定の300キロワットの大型蓄電池を効率よく使い、電力の安定供給がどのくらいできるかテストする。
最大の注目点はダイナミックプライシングと、節電を促進するインセンティブプログラムだ。
ダイナミックプライシングとは、時間帯によって細かく料金単価を変動させるというもので、現在、30分単位で変化させるシステムを設計している。インセンティブプログラムは、いわば節電の見返りを与える仕組みで、「貢献した人を表彰する仕組みをつくろうという考えが発端」(柴田泰平・北九州市環境局環境未来都市推進室スマートコミュニティ担当課長)という。
たとえば、電力が余っている時間帯に蓄電池に充電したり、電力需要が逼迫しているときに電力を使うのを控えるなどで、利用者が節電に協力する。そうした貢献に応じてポイントを付与し、そのポイントで近所の商店街で買い物をしたり、市の緑化事業やLED化のプロジェクトの原資にしたりする仕掛けを構築中だ。
電力会社の力が強過ぎた過去には、スマートグリッドはあくまで「箱庭での実験」にすぎなかった。だが、3.11後では電力不足解消の切り札になるはずだ。
フィット法案の先行きを暗示? 見かけ倒しの“機密文書”
太陽光や風力でつくった電力をすべて電力会社が買い取ることを義務づける「再生可能エネルギー特別措置法案」(フィット法案)が注目を浴びている。国会で可決されると、全量をプレミアム価格で買い取ってもらえるため、初期コストや利益を含めた収支計算が可能になる。特にメガソーラーと呼ばれる大規模太陽光発電には熱い視線が注がれている。
メガソーラーはこれまで、ビジネスとして採算が取れないことから、電力会社などが主に実験用として建設してきた。しかし仮にフィット法案が可決したら、カネを生む投資先として成立する。ドイツやスペインなど欧州では、フィット法案による金銭的なインセンティブで、急激に太陽光パネルが普及した。
そこに目をつけたのがソフトバンクの孫正義社長だ。5月下旬に「自然エネルギー協議会」の設立を発表。800億円をかけて、全国10ヵ所にメガソーラーを作る構想をぶち上げた。導入した自治体は耕作放棄地などを有効利用でき、太陽光パネルの設置などで地元雇用が創出できるとアピール。そんなバラ色のプランに、6月末時点で全国35道府県の知事が賛同し、誘致合戦を繰り広げている。
ところが一部の自治体の内部では異論も上がっている。
「この文書には、自治体が背負うリスクについてなにも書かれていない」。ある自治体幹部が呆れた顔をして見せたのは、ビジネスモデルを問い合わせた結果、ソフトバンク側が送ってきた「confidential(機密)」と書かれた文書だ。驚くべきは機密性ではなく、わずか3ページの文書に、具体的な仕組みがほとんど書かれていないことだ。
同幹部が最も懸念するのは、メガソーラーなど大規模な自然エネルギーの導入で、予期せぬ周波数の揺らぎや停電事故が起こるリスクだ。「工場に影響すれば何億円という損害が発生する。誰がその責任を負うのか」。またリスク回避には各電力会社の協力が不可欠だが、これも「自治体への依頼事項」としてわずか1行したためられているだけだ。
電力の“売り手”と“受け手”の協調なくして、成り立たないのだ。