フジサンケイビジネスアイ 8月16日
■インドネシア 脱原発へ方針転換
原発事故をきっかけに、脚光を浴びる再生可能エネルギー。月内には再生エネルギー特別措置法も成立する見通しだ。火山国ゆえに豊富な資源量があり、太陽光や風力に比べて安定電力としての期待も高い地熱発電の可能性を探った。
◆民間に運営・建設開放
繊維産業が集積し、火山見学の観光ツアーで知られるインドネシア第4の都市、西ジャワ州バンドン市南部の標高1700メートルの高原に、オランダ植民地時代から育まれてきた高級茶ジャワティー農園が広がる。農園内には銀色のパイプが張り巡らされた場所があり、雲のような蒸気が立ち上る。最深2500メートルの井戸が19本、最高325度の熱水から蒸気を取り出すワヤン・ウィンドゥ地熱発電所だ。
出力は22万7000キロワットで日本最大の地熱発電所の九州電力の八丁原(はっちょうばる)発電所(大分県九重町)の約2倍。計画中の3、4号機が完成すれば、出力は40万キロワットになり原子力発電所の4割程度の電力をまかなえる規模になる。
太陽光や風力と違い、「地熱は電力を安定供給できる電源」と運営会社のスター・エナジーの生産管理部門責任者、ゼリー・アントロ氏は言う。
政府が進める規制緩和で、発電所から地域への直接の電力供給ができるようになれば大量の茶葉の乾燥にも活用でき、「地産地消の電力で地域農業と共生できる」(技術評価応用庁)と期待される。
146の活火山を持つインドネシアの熱水資源量は約2700万キロワットで世界トップクラス。世界の4割弱の地熱資源を持つが、地熱発電量でみると米国、フィリピンに次ぎ、世界3位にとどまる。地熱の建設・運営は国営石油会社のプルタミナが主導していたが、世界一の「地熱大国」を目指し、競争力のある民間に開放された。
インドネシアは経済の急成長に伴う恒常的な電力不足で、原子力発電所の導入も計画していた。だが、東京電力福島第1原発事故を契機に、純国産エネルギーで環境にもやさしい地熱発電にアクセルを踏む。2014年までに新開発電源の約4割、400万キロワットを地熱でまかない、25年には現在の約8倍、原子力9基分に相当する950万キロワットを生み出す計画だ。
◆日本は資源量3位
地熱開発ブームは、インドネシアに限らない。発電量で首位の米国はもちろん、電力をすべて再生可能エネルギーでまかなうアイスランド、火山帯を持つアフリカのケニア…。最近では、人工的に熱水を作る新技術開発が進み、「火山国でないドイツまでが、脱原発を背景に新規参入する世界的な開発ラッシュ」(住友商事)を迎えている。
産業技術総合研究所の調査によれば、日本は地熱資源量で世界3位ながら、発電能力はわずか53万キロワットで世界8位。1973年の石油ショック後、火力の代替エネルギーとして、地熱が脚光を浴びた時期がある。熱水資源の「宝の山」として資源開発会社がこぞって調査に乗り出し、出光興産と九州電力が96年にようやく運転開始にこぎつけた。
ただ、その後は原子力発電の推進というエネルギー政策の転換で地熱発電は下火になった。97年の新エネルギー法で、「新エネ」のカテゴリーから外れ、99年に運転を開始した東京電力の八丈島地熱発電所を最後に商業用の新規建設は止まった。
しかし、時代は再び、国内の地熱に光を当て始めた。
■湯治場に眠る資源に出番
秋田、宮城県境にまたがる栗駒山系の高松岳(標高1348メートル)周辺は、数多くの湯治場を抱える「いで湯の山」で、立ち入り禁止地区では蒸気や亜硫酸ガスが吹き出し、草木さえ生えない光景が広がる。この一帯は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の調査で地下に200度以上の熱水があることが確認され、電源開発(Jパワー)や出光興産が開発でしのぎを削る。
◆課題は用地確保
湯治場の一つ、泥湯温泉からブナ林道を抜けて秋田県湯沢市の山葵(わさび)沢・秋ノ宮地区に入ると、街中で見かける消火栓を大きくしたような高さ1メートルほどの蒸気井(せい)の栓が8本立つ場所に出た。蒸気井は約2000メートルの深さに達し、「地熱発電でタービンを回すには十分な蒸気量」(Jパワーの森田健次部長代理)がある。「山菜採りに入る人以外、ほとんど立ち入らない」(地元商店主)という冬場は1メートルを超える雪で覆われる国有林で、発電所建設に必要な用地の確保が課題だ。
この一帯は1990年代半ば、同和鉱業(現DOWAホールディングス)や日本重化学工業が相次いで地熱発電の事業化検討を表明した。だが、日本重化学工業は2002年に会社更生法を申請し、DOWAは08年に地熱事業から撤退した。
頓挫するかに思えた地熱開発だが、環境に優しいエネルギーとしてJパワーと三菱マテリアルが事業化調査を再開。10年には、三菱ガス化学を加えた3社共同出資の「湯沢地熱」が設立された。
さらに東に約10キロ離れた小安(おやす)地区でも、新たな開発計画が動き出した。出光興産と国際石油開発帝石が13年度までの事業化判断に向け、7月に調査に入った。
出光は1996年に運転開始した滝上発電所(大分県九重町)で蒸気供給を手がけるが、発電事業は九州電力が行っている。当時は電力会社以外に発電事業が認められなかったためだが、脱化石燃料で再生可能エネルギーへのシフトを進める石油業界にとって、地熱発電は大きなビジネスチャンスで、出光は「発電事業への参画」も検討する。
◆新規参入名乗り
10年以上ストップしていた商業用の地熱発電所建設は、Jパワーや出光の先陣争いにとどまらず、新たな企業も名乗りを上げ始めた。JFEエンジニアリングは7月、岩手県八幡平市のスキー場跡地で2015年の運転開始を目指し、新規参入した。湯沢地熱の事業開始は早くても20年頃になる見通しで、JFEエンジニアリングが他社に先んじて、地熱発電所の新規稼働を実現する可能性がある。
スキー場跡地には、2万~5万キロワット相当の地熱資源量があるとされるが、同社が計画する当初の規模は7000キロワット。「規模が小さい分、採算は厳しい」(資源開発大手)との声も上がる。ただ、国立公園の敷地外にあるうえ、温泉施設が廃業し、温泉の枯渇を心配した反対もないことから、同社は「ビジネスとして成立するかも大事だが、(停滞する)日本の地熱発電に風穴を空けたい」と開発を急ぐ。長い空白の時代を経て、地熱開発の「熱気」が勢いを増してきた。