2011年9月13日 DIAMOND online
ソフトバンクグループ代表の孫正義さんは、「自然エネルギー財団」の本格始動に際して「アジア・スーパーグリッド構想」をぶち上げた。財団づくりを全面支援してきた立場だから言うわけでなく、これは、アジア共同体の礎にもなり得る壮大なプロジェクトだ。今、官民挙げて日本のエネルギー政策は大きく前進しつつある。
9月12日、いよいよ本格始動する「自然エネルギー財団」の設立イベントが開催された。
この財団は今年4月、ソフトバンクグループ代表の孫正義さんによる「世界の100人の科学者を集める」という構想から
スタートした。自然エネルギーに関する研究や政策提言をするシンクタンクである。私は構想時から、組織作りなど全面的にサポートしてきた。
なぜ世界の科学者100人を集める必要があったのか?
それは、これまで日本に、自然エネルギーに関するまともな研究所や財団がなかったためだ。せいぜい、われわれISEP(環境エネルギー政策研究所)ぐらいだろう。多くの機関は、戦争用語で言うと「塹壕型」――つまり、日本に引きこもり潜望鏡から世界の様子を見るばかりで、世界的に通用するリアルなネットワークを持っていなかった。当然ながら世界からも無視されてきた。
しかしこの自然エネルギー財団には、狙いどおり国内外から100人超のビッグネーム、かつホンモノの専門家を結集できる見通しで、まさに“イノベーション・ネットワーク”が築かれつつある。世界に向けて価値を発信できる機関となりそうだ。
そのシンボルの一つが、財団理事長に、スウェーデンの現役エネルギー庁長官であるトーマス・コバリエル氏をリクルートできたことだろう。
彼が引き受けてくれた背景には、色々な要因がある。
世界から見ても日本が直面する福島原発の問題は非常に大きいこと、またこの財団が大きな役割を果たせる可能性を持っていること、さらに私が個人的に20年来の付き合いがあったこと、そして何といっても、孫正義氏の私心なきイニシアチブと「歴史を変えよう」というお誘いの言葉であろう。
トーマスは物理学を専門とし、過去には大学で教えながら環境NGOのトップを務め、バイオマスをはじめとする自然エネルギー政策や電力市場政策、そして原子力政策にも精通している。今のところ、1年間のうち4分の1程度は日本に滞在する予定で、この財団と研究に打ち込もうとする意気込みが伝わってくる。
この財団の活動に、大きく期待してもらいたい。
国内の自然エネルギー普及策は首相交代で何ら影響受けず
翻って、日本の自然エネルギー政策も、この数ヵ月で大きく前進した。
きっかけは、(太陽光や風力など自然エネルギーによる電気をすべて買い取ることを取り決めた)再生可能エネルギー特別措置法の成立である。首相交代のすったもんだは、政策進展になんら影響ない。
素案時点で懸念された二つの点も、今回は珍しく政党間協議のなかで改善された。
一つは、自然エネルギー電力の買取価格を、それぞれ技術ごとの平均的なコストをベースに決めることになったことだ。素案にあったエネルギー全種について一律価格にする点が消えた。
もう一つは、その買取価格の決定が、経済産業省が集めた電力会社や御用学者ばかりの従来からの総合資源エネルギー調査会でなく、国会が人事同意した新たな委員会でなされるようになったことだ。この委員会は経産相の諮問機関ながら、独立性が高く、そう簡単には電力会社や官僚の言いなりにはならないだろう。
今後、この委員会で協議されるため、実際の価格は来年までわからない。恐らくメガソーラーの買取条件が、15-20年間で1キロワット時35-40円程度になるのではないか。であれば、IRR(内部収益率)3-4%は期待できるはずで、十分な投資効率だと考えられる。
現在施行されている(家庭用の余剰電力のみを10年だけ買い取る)中途半端すぎる余剰電力買取制度でも、昨年だけで100万kW設置が広がった。恐らく、今年度一杯で間違いなく昨年を越えて150万~200万kWまで増えるとみている
であるならば、新法のもとで来年7月以降、メガソーラーができれば、年間1000万kWは設置される可能性がある。これを1kWあたり30万円で試算すると、合計3兆円にのぼるプロジェクトがうまれることになる。それ以外に風力発電など他の自然エネルギー関連事業も動き出すので、経済効果的な貢献だけを見ても非常に大きい。
一方、こうした自然エネルギーの普及コストが、家庭の電気料金に転嫁されることに批判があることも、もちろん知っている。試算では、約10年後に標準的な家庭で約150円程度負担せねばならなくなると言われている。
しかし、自然エネルギーを普及させなければ、その分だけ化石燃料の調達コストが上乗せされることも見る必要がある。それを考慮すれば、相対的には、自然エネルギー普及のコストのほうが安いのである。
また、自然エネルギーを普及させることは大切ながら、単にモノができるだけではダメだ。
たとえば一部の自治体が「土地代をタダにするから、一番にメガソーラーをウチにつくってください」などと言っている。だがこれは、自治体の責任放棄だ。地域社会と自然エネルギーとの関係について、あるべき姿やビジョン、住民参加などの新しいルールなどを考え整える責任が自治体にはある。
思い出すべきは黒船来航時の心意気日本は今、歴史的転換点にいる
福島の原発事故をきっかけに、これから歴史的転換を起こす――それに、世界中が注目している。孫さんが財団設立に際してぶち上げた「アジア・スーパーグリッド」構想は、福島の原発事故のあとで日本から世界に向けて発信され
た、唯一かつ初めての未来志向の構想といえる。
かつて第二次世界大戦後、焼け野原になった欧州で二度と戦争を起こさないという誓いから、「石炭鉄鋼共同体」という経済的な協力関係が生まれ、それが今日の欧州連合の礎となった。
その歴史を踏まえれば、「アジア・スーパーグリッド」構想こそ、未来のアジア共同体の礎になり得るのではないか。その壮大な構想を、原発事故に苦しむ日本から発信するのだ。こんな夢のあるプロジェクトがあるだろうか。今すぐ実現しなくても、その大きな道しるべになるのではないか。
国内の電力融通ができる体制「ジャパン・グリッド」と同時に、電力を海外とやりとりすることもリアルに考えていこう、という発想だ。その対象国は、韓国や中国のみならず、インドやロシアまで広い。
たとえば、韓国との間はわずか約200キロ。海底ケーブルなどを引くことは物理的に可能である。ただ、海外との間に普段使用しない送電線を敷いて、本当に投資回収できるのか、誰が投資するのか、という否定的な意見は多い。それが、成り立つビジネスモデルとソーシャルモデルをいかに組み立てるか、が問われているのである。
我々がいま思い出すべきは、黒船来航のときの心意気だ。
ペリーが黒船を率いてやってきた当時、日本中が腰を抜かした。しかし、その後瞬く間に幕府も各藩も船をもち、精錬所をつくり、明治維新には近代海軍もつくった。恐らく20年ほどの間にやり遂げたのである。今なら、それほどの大きな変化も技術の進展によって5年で成し遂げられていいはずだ。
我々が確固たる意志を持つことで、未来は変えられる。自然エネルギー財団は、その先頭に立つために生まれたのである。