TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)
10月23日 産経新聞
環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の交渉参加問題が大きな政治課題となっている。野田佳彦首相は11月12、13両日のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で参加を表明する意向だが、民主党内では賛否が分かれ、議論の着地点は見えてこない。TPPの交渉参加で日本の何が変わるのか検証した。(酒井充)
米国やオーストラリア、シンガポールなど9カ国が交渉中のTPPは、締結国間の関税を原則撤廃することで自由貿易を促進し、非関税分野のルールを確立する狙いだ。24の作業部会で21分野に関する交渉が続いており、11月のAPECでの「大枠合意」を目指している。TPPに参加した場合、日本にはどんなメリット、デメリットがあるのか。疑問に答えるべく外務省は17日、78ページの資料を民主党側に提出した。
■一長一短
難解な用語が並ぶ資料だが、簡単に言えば「貿易の自由化促進で輸出が増える一方、安い外国産品の輸入で国内産業が打撃を受け、新しいルール導入で国内の制度変更が必要になる可能性もある」ということだ。
TPPは「発効10年後の関税撤廃」を掲げる。2国間の自由貿易協定(FTA)などによくある例外項目は原則認めず、高い水準の自由化を目指す。このため、日本がこれまで778%の高い関税で保護してきたコメを含め「940品目の関税撤廃を求められる」(外務省資料)ことになる。消費者には利点かもしれないが、日本の農業への打撃は避けられず、現在約40%の食料自給率のさらなる低下も予想される。
一方で、相手国の関税もなくなるため、自動車や機械など製造業の輸出拡大につながり、国内の雇用創出も期待できる。21分野の大半は貿易の環境を整えることに力を入れており、日本企業の海外でのビジネス展開を後押ししそうだ。
■情報不足
農業関係団体の強硬な反対もあって農業の問題がよく取り上げられるが、ほかの項目でも課題はある。
慎重派がしばしば指摘するのは、TPPで検討される非関税障壁撤廃による国内制度の変更だ。たとえば医療への外資参入などが進めば保険外診療(自由診療)が拡大し「国民皆保険が崩壊する」(日本医師会)と問題視されている。
さらに公共工事に関する政府調達の規制緩和による海外企業の参入促進や、比較的高い基準を設けている日本の食品安全基準の低下による食品の安全性、金融サービスの自由化による郵貯や簡保への影響、外国人単純労働者の参入などに対する懸念も出ている。
外務省などはこうした疑念に対し「TPP交渉で議論の対象になっていない」と説明するが、慎重派は「今後、議論の対象にならないとどうして言い切れるのか」と反発している。
今月中旬から連日のように開かれている民主党プロジェクトチーム(鉢呂吉雄座長)の総会の席でも「○○○した場合はどうするのか」「○○○する可能性は否定できない」といった言葉が飛び交い、“神学論争”の様相を呈している。
原因は情報不足にある。日本が当事者でないために確たる情報が入らず、先行きも見通せないわけだ。
菅直人前首相がTPP交渉参加に意欲を示した直後の昨年10月に各省庁が公表した試算も、混乱に拍車をかけた。内閣府はTPP参加で日本の実質GDP(国内総生産)が0・48~0・65%増となると試算したが、農水省は1・6%減、経産省は参加しない場合に1・53%減とバラバラの数字を並べた。各省庁の思惑がからんで試算の前提条件が異なったためで、国民に判断材料を与えるべき政府の「縦割り」の弊害がくっきり浮かび上がっている。
■効果10年先
議論白熱の中で、首相が参加表明に踏み切っても事態はすぐに進まない。交渉参加には9カ国の承認が必要で、米国の場合、議会の承認手続きに最短でも90日間かかり、日本がテーブルに着くのはどんなに早くても来年2月以降となる。
そこから詳細なルール作り、締結、国会での批准、発効に少なくとも数年はかかる見通しで、関税撤廃はさらに10年後だ。道のりは長く、TPPは日本の長期的課題となりそうだ。